大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所 昭和31年(行)15号 判決

原告 増田六平

被告 浄法寺町議会

主文

被告が昭和三十年十月十日にした原告を被告議会の議員から除名する旨の議決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、原告は被告議会の議員であつたところ、被告議会は昭和三十年十月十日の臨時議会において、同議会議員藤本兼次郎外十一名の発議に基き次の理由により原告を除名する旨の懲罰を議決し、同月十五日その旨原告に通告した。

(1)  被告議会は、浄法寺町及び鳥海村間の連絡道路である二戸中央線の道路敷地について既に関係地主から無償提供の承諾を得て工事を施行することに方針を決定していたところ、原告は昭和三十年四月二十六、七日頃右中央線道路敷地の関係地主である訴外菅礼次郎外五名に対して議員たる地位を利用して同町公金十万円を被告議会の議決を経ることなく秘密裡に損害補償の趣旨で交付した。

(2)  右原告の所為は町村の土地代金、損害補償金等これに類似する金銭の支出は町村議会の議決を経て収入役より債権者に支払うべきものと定める地方自治法に違反し、且つ前記町議会の既定方針を破りそのために被告議会の運営上重大な支障を生ぜしめた。よつて地方自治法第百三十四条及び浄法寺町議会会議規則第五十五条により原告を除名する。

二、しかしながら、右議決は次のような瑕疵があり違法であるからこれが取消を求める。

(1)  内容の瑕疵

(イ)  原告は秘密裡に町公金十万円を訴外菅礼次郎外五名に交付した事実はない。

尤も原告は二戸中央線道路工事の請負者である訴外城前工業株式会社代表取締役城前栄太郎から同会社が中央線道路敷地所有者である訴外菅礼次郎外五名がその所有地を道路敷地として潰地することを承諾しないため、又盛土用土量が不足したため工事の進行ができないので、右訴外人らに対する潰地の損害補償と同訴外人ら所有土地からの盛土用土量獲得の謝礼金として十万円の交付方を委託され、同訴外人らに右金員を交付したことはあるが、右十万円は町公金でないこと明らかでありこれが交付について町議会の議決を要するものではない。

(ロ)  被告議会が二戸中央線の道路敷地について既に関係地主から無償提供の承諾を得て工事を施行することに方針を決定した事実はない。又前記のとおり原告は訴外城前工業株式会社の委託にしたがつて訴外菅礼次郎外五名に対して十万円を交付したに過ぎないのであるからなんら被告議会の運営を阻害するものではない。

以上右議決は虚構の事実に基くものである。

(2)  手続の瑕疵

(イ)  被告議会の会議規則第五十五条第二項は、懲罰処分の要求は懲罰事実発生の日から三日以内に文書をもつて議会に提出する旨を定めるところ、前記訴外藤本兼次郎外十一名の発議による懲罰処分要求書は昭和三十年十月十日に被告議会に提出され、その懲罰事実なるものは同要求書によれば同年四月二十六、七日に発生したというにあつてその間すでに五ケ月半も経過している。

(ロ)  右会議規則第五十六条は、議長は懲罰処分の要求があつたときは、特別委員会に付託して審査させ、会議の議決をもつて懲罰を科することができる旨を定めるところ、被告議会の議長は右懲罰要求を特別委員会に付託して審査させることなく直ちに被告議会の議決を以て原告を除名した。

以上右議決はその前提手続において瑕疵がある。と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張一の事実は認める。

二、原告主張二の事実のうち会議規則第五十五条第二項第五十六条の規定が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の違法事由は争う。

(1)  内容の瑕疵に対する主張

(イ)  原告は訴外城前工業株式会社が浄法寺町に寄附した十万円の町公金を町当局及び町議会の議決を経ないで秘密裡に訴外菅礼次郎外五名に交付した。すなわち、浄法寺町は昭和二十九年度二戸中央線道路工事に際して右訴外会社との間の追加工事請負額が六十八万六千九百七十四円であつたのを、両者協議の上十万円を水増して形式上七十八万六千九百七十四円と定め、その差額十万円は右訴外会社が浄法寺町から受領した旨の書類を作成し現金は町において自由に支出することを約定した。そして、浄法寺町収入役は昭和三十年四月二十五日右訴外会社から出来高払として十五万円の請求をうけた際、前記約定の趣旨によりこれを右訴外会社に支払つた旨の書類を作成し右訴外会社に内五万円を交付したのみで、残金十万円は交付しないで情を知つていた原告に交付した。原告は右十万円が浄法寺町と右訴外会社との間の前記水増契約に基く町公金であることを知りながら、右同日頃自宅において、その頃行われた町長及び町議会議員選挙を原告らに有利にするため訴外菅礼次郎外五名に対して道路敷地提供に対する損害補償の名目で右十万円を交付したものである。

(ロ)  被告議会は二戸中央線の道路敷地について既に関係地主から無償提供の承諾を得て工事を施行することに方針を決定していたものである。前記原告の所為は、被告議会の決定した右方針を破り、その結果他の関係地主の損害補償請求を誘致しひいては右中央線工事の遂行を挫折させるおそれがあり、且つ現にこの問題が町議会開会の都度論議の中心となり、或は動議として質問が提出され議事進行を阻害し、遂に被告議会の運営上重大な支障を来すに至つたものである。

(ハ)  よつて被告議会は地方自治法第百三十四条、被告議会会議規則第五十五条により原告を除名する旨の懲罰を議決したもので、なんら原告主張のような虚構の事実に基くものではない。

(2)  手続の瑕疵に対する主張

(イ)  会議規則第五十五条第二項は、通常の議場内で発生した懲罰事実を理由とする場合に関するものであり、議場外で発生した事実を理由とする場合にはその適用がない。

(ロ)  被告は、昭和三十年十月六日の臨時議会の休憩中議員全員(原告と退席した山本梅吉を除く。)の協議会を開催し、全議員が特別委員となつて原告の除名の可否を議したものであり、右協議会は会議規則第五十六条に定める特別委員会に該当する。

よつて被告議会のした原告の除名議決は手続上もなんら原告主張のような瑕疵はない。

以上のとおりであるから原告の本訴請求は失当であると述べた。

(立証省略)

理由

原告が被告議会の議員であつたこと及び被告議会が原告主張の日にその主張のような理由に基いて原告を除名する旨の懲罰を議決したことは当事者間に争がない。以下原告主張の違法事由について順次検討する。

(1)  内容の瑕疵について

(イ)  原告が二戸中央線道路敷地所有者である訴外菅礼次郎外五名に対して十万円を交付したことは当事者間に争がない。よつて右十万円が公金であつたかどうかについて考えるに、成立に争のない乙第一号証、同第三号証、同第五号証、同第六号証の一、二と証人奥谷広治、同小田島一郎、同横浜清、同小笠原松雄、同樋口市太郎、同山本梅吉、同杉沢若松、同関佐太郎の各証言及び被告代表者山本与太郎の本人尋問の結果を綜合すると、

昭和二十九年浄法寺町が二戸中央線道路工事を施行するにあたり初めこれを公入札に付した結果訴外城前工業株式会社が落札し爾来同訴外会社が工事に着手してきたが、その後の追加工事分については同訴外会社と随意契約によることとし、その際同訴外会社が六十八万円余の請負価格を申し出たところ、町の予算額は七十八万円余で既にこれを県に上申してあり県からの補助金の関係もあり、両者協議の上請負価格を町の予算額どおりとし内十万円は請負金として支払つたことにして浄法寺町において自由に支出することを約した。

ところが右工事の施行中に道路敷地所有者の一部の者から町に対して代替地を要求したり、前記訴外会社の工事に対して苦情が出たりしたため、町当局が同訴外会社にこれが善処方をはかつたところ原告及び訴外泉山貞吉の斡旋により内密に前記水増した十万円を損失補償の趣旨でこれらの関係地主に交付することとした。殊に原告が次期町議会議員に立候補していたためこれを有利に導く意図を以てこれが斡旋を計つた。

よつて同訴外会社が浄法寺町役場土木課から十五万円相当の出来高証明書の交付を受けこれを町収入役に提出し、町収入役は前記約定の趣旨に基づき昭和三十年四月二十五日額面十万円と五万円の小切手二通を作成し、右十万円の小切手は前記補償金として交付する趣旨で原告に、右五万円の小切手は同訴外会社にそれぞれ交付すると共に同訴外会社から右十万円の分についても受領証を受け取り、他方同訴外会社については原告から十万円相当の土管その他の資材を購入したように装い原告にその受領証を作成させ、かくして前記水増金の流用を隠蔽するため形式上のつじつまを合せた。

その後原告が同月二十八日自宅において訴外菅礼次郎外五名に対して選挙には町長として小田島勇三、町議会議員は原告に投票してもらいたいと言いふくめて前記十万円を潰地の損失補償の名目で分与した。以上の事実を認めることができる。

尤も証人町田佐千代の証言及び証人奥谷広治の証言の一部によれば、原告の主張に副うような供述があるけれども、同訴外会社が請負代金の相当部分である十万円を単に工事の便宜のために支出したものとは考えられないし、前記各証拠によれば、町当局が同訴外会社から十万円の受領証を受取つているにかかわらず金員は原告に手交し、又予め十万円が原告の手を経て一部関係地主に分与されることを知つていたこと、乙第六号証の一、二の小切手二通が作成されたこと、さらに前記水増契約が約定され、十万円は右水増金と金額において一致すること等の事実が認められ、これらを併せ考えると、右水増金を損失補償の趣旨で一部関係地主に交付することに町当局と同訴外会社及び原告の間で了解し、単に受領証等形式的なやりとりがあつたに過ぎないものと推認することができ、到底同訴外会社がその所有の金員を原告の手を経て分与したものと認めることができない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実に徴すると、原告が菅礼次郎外五名に損失補償の趣旨で交付した十万円が浄法寺町と訴外城前工業株式会社との間の請負契約によつて生じた水増金であり町において自由に処分し得た隠し金としての町公金であることは明白である。

(ロ)  次に成立に争のない乙第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証と証人小田島一郎、同横浜清、同小笠原松雄、同樋口市太郎、同山本梅吉、同杉沢若松の各証言及び被告代表者山本与太郎の本人尋問の結果によれば、浄法寺町においては従来から予算の都合上新道を通す場合には潰地の補償金を出さない建前であり、二戸中央線道路工事の際も被告議会が関係地主から無償提供の承諾を得て工事を施行することに方針を決定し、土木常任委員や関係地選出の議員をして道路敷地所有者と交渉させ無償提供の了解を得ていたところ、前記認定の原告が関係地主である菅礼次郎外五名に補償金の趣旨で公金十万円を分与した事実が発覚しこれが他の関係地主にも伝播したため、これら関係地主が町当局或いは町議会に対して一部の者に補償金を支払つた以上自分達にも補償金ないし代替地を交付されたいと陳情し、又訴外小笠原松雄外六名から町に対して約五十万円の損害賠償請求訴訟が提起され、このため被告議会において右陳情や応訴の件及びこれが善処方が論議された事実が認められる。右認定に反する証拠はない。

以上の各認定事実によれば被告議会のした原告の除名議決はなんら原告主張のような虚構の事実に基くものとは云い難い。

(ハ)  そこで右事実が果して地方自治法第百三十四条及び浄法寺町議会会議規則第五十五条に定める懲罰事犯に該当するかどうかを考えるに、

およそ地方議会の懲罰権は会議体としての議会の紀律すなわち議場の秩序と品位を保ち、もつて議事の運営の円滑と審議の公正を期するために自律権に基づいてその所属議員に科する一種の懲戒罰であり、一般的な刑罰とは異なるが、一つの不利益処分である以上地方自治法又は会議規則に明らかに規定されたものに反した場合のみ科し得るものと解すべきである。そうして地方自治法第百三十四条は「この法律並びに会議規則及び委員会に関する条例に違反」する場合を懲罰事犯と定めるが、ここに「この法律」とは右議会の懲罰権の本質に照らして同法第百二十九条、第百三十一条、第百三十二条、第百三十三条、第百三十七条を指称することは明白である。又成立に争のない甲第二号証(浄法寺町議会会議規則)によれば、同規則第五十五条には「地方自治法及び本則に違反した」場合を懲罰事犯と規定しているのであるから、前同様ここに「本則に違反した」場合とは専ら同規則第四十八条ないし第五十一条を指称するものというべきである。そうすると、被告議会における懲罰事犯は被告議会の議場内における議員の非違非行又は理由のない欠席などの議事運営と審議の公正を阻害する行為に限られるのであつて非違非行であつてもこれらに関係のない議員の議場外の個人的行為は懲罰の対象となるものではない。

前記原告の行為は糺弾さるべき行為であるが、被告議会の議場外における行為であり、又右行為が議会において問題となつてもそのこと自体で必ずしも右行為がいわゆる議事運営と審議の公正を阻害する行為であるということができない。

してみれば、被告議会のした原告の除名議決は地方自治法第百三十四条及び浄法寺町議会会議規則第五十五条の適用を誤つたものといわなければならないのであり取消を免れない。

(2)  手続の瑕疵について

(イ)  被告議会会議規則第五十五条第二項違反について考えるに、同項に懲罰処分の要求は懲罰事実の発生した日から三日以内に文書を以て議会に提出しなければならないと定めていることは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第四号証によれば、訴外藤本兼次郎外十一名の発議に基く原告の除名処分の要求書が昭和三十年十月十日に被告議会に提出され(この点については後に再論する。)、その記載によればその懲罰事実なるものは同年四月二十七、八日に生じたというにあることは明らかである。

そうすると、右懲罰要求書の提出は同規則第五十五条に違反するかのようであるが、右規定が前記のように三日以内に懲罰要求書を提出すべきことを定めたのは、通常の懲罰事犯のように議場内における行為を理由とする場合を前提とするものであることは国会法第百二十一条第三項などこの種規定の共通するところである。したがつて議場外の行為を理由とする場合においては三日以内に提出しないからといつて直ちに被告議会会議規則第五十五条二項に違反するものということができない。この点の原告の主張は失当である。

(ロ)  次に被告議会会議規則第五十六条違反について考えるに、同条に議長は懲罰処分の要求があつたときは特別委員会に付託して審査させ会議の議決をもつて懲罰を科することができると定めていることは当事者間に争がなく、前記認定によれば、同規則第五十五条第二項により右懲罰処分の要求は文書を以てしなければならない。

しかるに成立に争のない乙第二号証の二、同第四号証と証人杉沢若松、同山本梅吉の証言及び被告代表者山本与太郎の本人尋問の結果を綜合すると、前記懲罰要求書は昭和三十年十月六日に既にその文書が作成されていたが、訴外山本梅吉、同畑山藤一郎の二名の捺印を欠いていたためこれを補正して同月十日町議会に提出したところ、被告議会議長はこれを特別委員会に付託して審査させることなく直接同日の臨時議会に議題として上程し、被告議会においてこれを可決したことが認められる。

尤も乙第二号証の一、同第三号証によれば、被告議会が同月六日の臨時議会休憩中議員協議会を開催し、その会議中原告に対して一、金十万円を町に寄附すること、一、金十万円を町に寄附しない場合は自治法違反と認め除名処分する旨を協議したことが認められるが、右協議会は、右臨時議会において訴外小笠原松雄らから町に対して提起された損害賠償請求事件の応訴の件を審議した際、訴外杉沢若松議員の動議によつて開催されたものであり、原告に対する処分は右訴訟の取下方の折衝に附随して協議されたに過ぎず、なんら前記懲罰要求書に基づいてこれが審査のためのものでないことは同証拠によつて明らかであり、これを以て特別委員会に該当するものということはできない。右認定に反する証人横浜清の証言及び被告代表者山本与太郎の本人尋問の結果の一部は信用しない。他に特別委員会に付託して審査したことを認めるに足る証拠がない。

そうだとすると、被告議会のした除名議決はこの点の前提手続を欠くものでありこの点においてもまた取消を免れない。

以上により被告議会のした原告の除名議決は懲罰事犯の認定を誤り、又その前提手続に瑕疵があるから何れにせよ違法であり取消さるべきである。よつて原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 瀬戸正二 矢吹輝夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例